University of Tokyo

11/06/2025 | Press release | Distributed by Public on 11/06/2025 22:32

水をとることで魚の繁殖行動が明らかに

2025年11月6日

東京大学

要約版PDF

発表のポイント

◆飼育水を濾過して精液に由来するRNAを定量することで、メダカの繁殖行動を、水をとるだけで検出する環境RNA手法を開発しました。
◆これまで、「どこにどのような生物がいるのか」を調べる手法として環境DNA手法が開発・活用されてきました。本手法(環境RNA)と環境DNA手法を併用することにより、「どこにどのような生物がいて、何をしているのか」を明らかにすることができるようになります。
◆本研究の成果は、これまで繁殖域や繁殖期が未知であった水生動物の生態解明につながり、水生動物の多様性や水産資源の保全への貢献が期待されます。

環境DNAとRNA:それぞれの特徴

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の網中結仁大学院生(研究当時)と同大学大気海洋研究所の黄國成助教、兵藤晋教授、水産研究・教育機構の矢田崇グループ長(研究当時)による研究グループは、飼育水中に存在する精液由来のRNAを調べることで、メダカの繁殖行動を、水をとるだけで検出する手法を開発しました。

水中には、生物が放出あるいは体から落脱した組織などに由来するDNAやRNAが存在しており、これらを調べることで「どこにどのような生物がいるのか」を明らかにする環境DNA(注1 )研究が近年盛んに行われています。本研究では、メダカの精液に特異的に含まれるRNA(klhl10)(注2)を同定し、飼育水中のklhl10 mRNAを連続的に定量することで、klhl10 mRNAの存在量がメダカの繁殖行動と密接に関連することを示しました。

この結果は、水中のRNAを解析することで、繁殖をはじめとする生物の活動や生理状態を明らかにできる可能性を示しており、今後水生動物の生態解明、多様性や水産資源の保全などへの貢献が期待されます。

発表内容

私たちが直接見ることのできない水中には、まだ多くの未知の生物が存在すると考えられます。また、どこにどのような生物が生息しているのかも、実際に生物を捕獲して調べることは容易ではなく、希少な生物を捕獲してしまうことは絶滅の恐れを加速させる可能性もあります。さらに、近年の地球レベルの環境変化は生物の生息域にも大きな影響を与え、水産資源の変動など社会経済的な影響も顕在化しています。そこで近年では、「水をとるだけで、どこにどのような生物がいるのかを明らかにする」環境DNA研究が盛んに行われています。

一方で、細胞内にはDNAに加えてRNAも存在します。DNAは生物の遺伝情報を保持しており、基本的に全ての細胞が同じDNAを持つのに対し、RNAの一種であるメッセンジャーRNA(mRNA)(注3)はタンパク質合成の鋳型であり、細胞の機能によって異なる種類のmRNAを持ちます。そこで本研究グループは、水中に存在するmRNAを解析することで、そこに存在する生物がどのような状態で何をしているのかを知ることができると考えました。その第一歩として、魚類の繁殖に注目しました。集団で繁殖するような魚であれば、繁殖時には大量の卵と精子を放出します。メダカにおいてklhl10と呼ばれる遺伝子のmRNAが精巣や卵巣に多量に含まれており、繁殖行動を行ったメダカの飼育水から特異的に検出されることを見出しました(図1)。さらに、飼育下のメダカは照明点灯とともに繁殖行動を行うため、1時間毎に飼育水を回収して行動観察と同時に調べたところ(図2)、夜間にはklhl10のmRNAは検出されず、照明点灯時あるいはその直前から検出され、その検出量は繁殖行動の回数と強い相関を示しました(図3)。一方で、粘液細胞などに含まれると考えられるmuc5ac遺伝子のmRNAは常に水中に存在しており、繁殖行動との相関は見られませんでした(図3)。

図1:klhl10のmRNAはメダカの生殖腺と繁殖行動をおこなった飼育水から検出される

図2:実験のイメージ。メダカの行動観察と環境RNA取得を同時に行う

図3:メダカの繁殖行動と環境RNA量の変化

本研究は、環境RNAを用いることで、魚類の繁殖という現象を、水をとるだけで検出する手法を初めて確立したものです。この手法が他の動物にも適用できるかどうか、実際のフィールドでも検出できるのかどうかなど、さらに検討すべき課題はあるものの、環境RNAにより生物の機能を明らかにするための大きな第一歩を踏み出すことができました。今回は繁殖行動に注目しましたが、今後さらに適切なマーカーmRNAを同定できれば、ストレスや病気など、生物の健康状態の把握にもつながる技術であり、養殖の現場等への応用も期待できます。このように、水をとるだけで、「どこにどのような生物がいて、どのような状態で何をしているのか」がわかる技術として、生物の多様性や水産資源の保全など様々な分野への貢献と波及効果が期待されます。

〇関連情報:
「プレスリリース 降海から北方回遊へ:大槌湾内におけるサケ稚魚の時空間分布を環境DNA分析により解明」(2019/9/5)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2019/20190905.html

「プレスリリース 海水に含まれるDNAから外洋の小型浮魚類の分布を探る」(2022/9/8)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220908.html

発表者・研究者等情報

東京大学
大気海洋研究所
黄 國成 助教
兵藤 晋 教授
大学院農学生命科学研究科
網中 結仁 大学院生(研究当時 修士課程)

水産研究・教育機構
水産技術研究所
矢田 崇 研究リーダー
研究当時:グループ長、現:生物系特定産業技術研究支援センター

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
題 名:The use of environmental RNA for inferring fish spawning behavior
著者名:Yuto Aminaka, Marty Kwok-Shing Wong*, Takashi Yada, Susumu Hyodo
DOI: 10.1038/s41598-025-23861-8
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-025-23861-8

研究助成

本研究は、科研費「環境RNA:水圏生物の健康状態や生殖行動をモニターする新たな技術開発と実践(課題番号:25K09264)」、「亜熱帯化する海への布石:高精度な環境DNA解析による海洋生物分布マップの開発(課題番号:21H04922)」、「東京大学FSIプロジェクト(オーシャンDNA:海洋DNAアーカイブ・解析拠点による太平洋の生物多様性と生物資源の保全)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)環境DNA 生物から環境中に放出されたDNAの総称。水中では、生物から放出された生物片(魚類の場合、鱗や粘液など)に含まれるDNAを調べることによって、そこに生息した生物を特定できる。 (注2)klhl10遺伝子 哺乳類では精巣中に存在する精細胞に特異的に発現して精子形成に関わると考えられており、この遺伝子の変異は雄の生殖能力に影響を与えることが知られています。 (注3)メッセンジャーRNA(mRNA) DNAからタンパク質を合成する過程でつくられるRNA分子。それぞれの細胞の機能を生み出すため、特定の遺伝情報が特定の細胞・タイミングでmRNAに転写、タンパク質へと翻訳される。それゆえ、mRNAは機能を調べるためのマーカー分子として頻繁に用いられる。

問合せ先

東京大学大気海洋研究所
教授 兵藤 晋(ひょうどう すすむ)
E-mail:hyodoaori.u-tokyo.ac.jp

助教 黄 國成(うぉん こせん)
E-mail:martywongaori.u-tokyo.ac.jp

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