01/08/2026 | Press release | Distributed by Public on 01/07/2026 23:08
概要
本手法は、CRISPR-Cas3システムをメッセンジャーRNA(mRNA)として脂質ナノ粒子(LNP)(mRNA-LNP:注2)に搭載し、体内に投与することで標的臓器の遺伝子をゲノム編集する技術です。今回の研究では、肝臓に特異的に送達されるLNPを用いることで、肝臓遺伝子の効率的なゲノム編集に初めて成功しました。
今回標的としたトランスサイレチン(TTR)遺伝子は、肝臓で産生されるトランスサイレチンタンパク質(TTR)が変性してアミロイドとして蓄積し、心臓や神経に障害をもたらす難治性疾患トランスサイレチンアミロイドーシス(ATTR)(注3)の原因遺伝子です。TTRの産生抑制による治療効果が明らかになっていますが、既存治療は長期間の継続投薬を要する点が課題です。
本研究では、CRISPR-Cas3を搭載したLNPを投与することで、マウス肝臓のTTR遺伝子を生体内で直接ノックアウト(破壊)しました。その結果、一度の投与で、継続して血中TTR量が約80%減少し、心臓組織におけるTTR沈着および、それに伴う異物除去細胞であるマクロファージの浸潤が明らかに抑制されました。
これらの成果は、CRISPR-Cas3を用いた新しいin vivo遺伝子治療法の実現可能性を示すものであり、ATTRのみならず他の遺伝性疾患への応用にもつながることが期待されます。
本研究成果は、2026年1月5日付で、英国科学誌「Nature Biotechnology」のオンライン版で公開されました。
発表内容
真下教授らが開発した国産のゲノム編集技術CRISPR-Cas3は、長いDNA領域を削除できる特性を持ち、特定遺伝子を確実に破壊できることが大きな利点です。また、CRISPR-Cas9と比べて長い標的配列を必要とするため、高い特異性を維持しやすいことも特徴です。その結果、CRISPR-Cas9より安定した遺伝子破壊効果やオフターゲット変異(注5)の低減が期待されています。
今回の研究では、CRISPR-Cas3システムを生体内(in vivo)で安全かつ効率的にゲノム編集させる方法を新たに開発し、難治性疾患であるトランスサイレチンアミロイドーシス(ATTR)のマウスモデルを用いてその治療効果を検証しました。
ATTRは、主に肝臓で作られるトランスサイレチン(TTR)が変性してアミロイドとして蓄積し、心臓や神経に障害を生じる疾患です。現在ではRNA干渉薬やTTR安定化薬によりTTR産生の抑制が可能ですが、長期投与が必要で根本的治療には至りません。本研究は、CRISPR-Cas3によるゲノム編集を用いてTTR遺伝子そのものを生体内で不活化するという、根本治療を目指す新しいアプローチを実証した点に大きな意義があります。
〈研究の内容〉
本研究では、まずマウスTtr遺伝子を標的とするガイドRNA(crRNA)を設計し、CRISPR-Cas3による最適なゲノム編集条件を検討しました。その結果、マウス肝細胞Hepa1-6において約60%の高効率でTtr遺伝子を破壊できるcrRNA(#2)を特定しました。また、詳細なゲノム解析により標的外での編集(オフターゲット変異)が認められないことが確認され、CRISPR-Cas3の安全性が示されました(図1)。
今後は、本技術のさらなる安全性評価と最適化を進めることで、ATTRのみならず他の遺伝性疾患に対する遺伝子治療法としての臨床応用が期待されます。特に、CRISPR-Cas9で問題となっている変異型タンパク質の生成リスクを回避できる点は大きな利点であり、新たな治療選択肢の一つとなる可能性があります。
国産のゲノム編集技術CRISPR-Cas3による効率的かつ安全な遺伝子編集を実現するため、mRNAやLNPの改良、投与方法の検討、そして長期的な安全性試験を含む臨床応用に向けた研究を今後も進めていく予定です。
なお、本研究は、東京大学における動物実験審査委員会の承認(承認番号:A21-57)のもと、東京大学が定めた実験動物の取り扱いに関する指針に則り実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所
附属実験動物研究施設 先進動物ゲノム研究分野
真下 知士 教授
吉見 一人 准教授
石田 紗恵子 助教
附属疾患プロテオミクスラボラトリー
尾山 大明 准教授
秦 裕子 シニアエキスパート(技術)
北海道大学
大学院薬学研究院 薬剤分子設計学研究室
佐藤 悠介 准教授
信州大学
医学部 内科学第三教室(脳神経内科・リウマチ・膠原病内科)
関島 良樹 教授
東京科学大学
総合研究院
難治疾患研究所 ゲノム機能多様性分野
高地 雄太 教授
生体材料工学研究所 医歯理工融合研究イノベーションセンター
山口 健介 特任助教
名古屋大学
糖鎖生命コア研究所・大学院理学研究科 理学専攻化学講座
阿部 洋 教授
大学院理学研究科 理学専攻化学講座
阿部 奈保子 特任准教授
理化学研究所
放射光科学研究センター・生物系ビームライン基盤グループ
竹下 浩平 研究員
論文情報
研究助成
用語解説
(注2)mRNA-LNP(脂質ナノ粒子によるmRNAデリバリー)
mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に封入し、体内の細胞へ安全かつ効率的に届ける技術です。COVID-19ワクチンにも用いられたプラットフォームで、遺伝子編集ツール(CRISPR-Cas9やCRISPR-Cas3など)を体内で発現させるデリバリーとして利用されます。mRNAや翻訳されたタンパク質は速やかに分解され長期残存しないため、安全性の高い投与が可能です。今回の研究では、mRNA-LNPをマウスに投与し、肝臓内で直接CRISPR-Cas3が働くin vivoゲノム編集を実現しました。
(注3)トランスサイレチンアミロイドーシス(ATTR)
肝臓で作られるトランスサイレチン(TTR)というタンパク質が変性し、アミロイドとして全身に蓄積することで生じる進行性の難治性疾患です。心アミロイドーシスや末梢神経障害を引き起こします。TTR四量体を安定化する治療薬や、TTR産生を抑制する核酸医薬が実用化されていますが、根治には至っていません。
(注4)インフレーム変異(IFM:in-frame mutation)
DNAの3塩基単位(コドン)を保ったまま挿入・欠失が生じる変異。タンパク質の読み枠が保たれるため、完全に破壊されず、異常な機能を持つタンパク質が産生される可能性があります。本研究では、CRISPR-Cas9編集によるインフレーム変異に由来する変異TTRが検出された一方、CRISPR-Cas3編集では検出されませんでした。
(注5)オフターゲット変異(off-target mutation)
意図しない(標的としない)ゲノム領域が誤ってゲノム編集されることで、がんなどを引き起こす変異が挿入される可能性があります。遺伝子治療において懸念の一つですが、今回のCRISPR-Cas3では、詳細なゲノム解析により再現性のあるオフターゲット変異は検出されませんでした。
問合せ先
信州大学 医学部医学科 内科学第三教室(脳神経内科・リウマチ・膠原病内科)
教授 関島 良樹(せきじま よしき)
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/chair/i-3nai/staff.html
<機関窓口>
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
北海道大学 社会共創部広報課
https://www.hokudai.ac.jp/
信州大学 総務部総務課広報室
https://www.shinshu-u.ac.jp/
東京科学大学 総務企画部 広報課
https://www.isct.ac.jp/
名古屋大学 総務部広報課
https://www.nagoya-u.ac.jp/
理化学研究所 広報部 報道担当
https://www.riken.jp/